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神戸地方裁判所 昭和33年(モ)1159号 決定 1958年12月11日

債権者 兵庫県住宅建設株式会社

債務者 元町OK映画館こと堀川剛直

主文

本件強制執行の申立を却下する。

申立費用は、債権者の負担とする。

理由

本件の事案は、債権者において、債権者(原告)・債務者(被告)間の当裁判所昭和二十八年(ワ)第一、二一九号借地権不存在確認等事件の和解調書の正本に執行文の付与を受けた上、民事訴訟法第七百三十三条、第四百十四条第二項に基き、債権者が債務者の費用をもつて第三者に別紙(一)目録記載の土地から同目録記載の建物外一切の障碍物を収去させることができる旨の授権決定、並びに、予め債務者において右収去に要すべき費用を支払わなければならない旨の決定を求めたものである。

しかしながら、当裁判所は、右和解調書がその記載自体に照らし、債権者が本申立において強制的実現を求めている物件収去の点につき執行力を有しないことが明らかであると考えるものであつて、左にその理由を述べる。

そもそも、法が債務名義の制度を創設したゆえんのものは、強制執行手続を狭義の裁判手続から分離し、独立の機関に担当させる建前からして、強制執行により実現される権利の内容、範囲を万人の認識し得べき表現形式をもつて一定の証書に明らかにすることにより、執行機関が実体上の請求権の存否に関する調査の煩を免れ、迅速、確実にその手続を進めることを可能ならしめるにあることは、いうまでもない。したがつて、強制執行によつて実現される効果の種類及び範囲は、債務名義自体において、又は場合により少くとも執行文若くは他の判決(民事訴訟法第五百十四条、第八百二条)と結合して、一見明白であるか、又は解釈上明白にすることが可能でなければならないと解されているのである。もし証書中に表示された請求権の内容、範囲が不明確であるならば、かかる証書に執行力を認めることはできず、これに基いてなされた強制執行は、不適法であるといわなければならない。(従来の裁判例の中には、調停においてある時期以後の賃料額は当事者の協定によるべき旨を定めた場合、その協定の成立が民事訴訟法第五百十八条第二項に基く執行文付与の要件であると解し、右賃料の請求権につき調停調書の執行力を認めているもの(大審院昭和八年六月二十日決定・民集第十二巻一、五五五頁以下登載)や、和解調書に表示された給付義務の内容を証人の証言とか和解調書に引用された公正証書とかいつたような他の資料をもつて補充、確定することにより、その和解調書の債務名義性を肯認しているもの(名古屋高等裁判所昭和二十八年三月三十日判決・下級裁民集第四巻第三号四五六頁以下登載、東京地方裁判所昭和三十一年十一月十四日判決・同判例集第七巻第十一号三、二二八頁以下登載)があるが、すべて右に説示した債務名義の性格を正解しないものであると考える。)

しかるところ、本件において債権者が債務名義として援用している前掲和解調書の記載内容は、別紙(二)のとおり(但し、一部省略)であると記録上認められるのであるが、これによると、和解条項中にあつてなんらかの物件の収去義務が宣言されているのは、第六項において、債務者が一定の債務の履行を遅滞したときは「本件土地上の建物を収去して本件土地を原告(本件債権者)に明渡すこと」と定められている以外にない。そして、右にいう「本件土地」が別紙(一)目録記載の土地にあたることは、同調書中の他の記載部分(和解条項第一項等)からしてこれを推認するに難くないけれども、同「土地上の建物」とはいかなるものをいうのか、その構造の種類、規模等を表示し、又はその他の方法をもつて他から区別するところの記載は、調書上全くこれを欠いているのである。もつとも、同調書には、債権者の主張にかかる請求原因事実の表示として、債務者が登記簿上もと「神戸市生田区三宮町三丁目十八番地」と表示されていた土地上に、別紙(一)目録記載の建物と符合すると思われる「煉瓦造鉄板葺二階建舞踏場一棟」の外木造亜鉛板葺平家建店舗その他二棟を建てた旨(第三項)、かつ、右土地についてはその後「神戸市生田区三宮町三丁目十八番の三」その他と分筆登記され(第五項)さらにその後特別都市計画法に基き右「十八番の三」を従前の土地として別紙(一)目録記載の土地が仮換地に指定された旨(第十項)の記載があるけれども、これらの主張事実が真実であると和解条項において確認されているわけではないのみならず、右仮換地の指定がいわゆる現地換地の事例であり、別紙(一)目録記載の土地が前示「煉瓦造鉄板葺二階建舞踏場一棟」等の敷地にあたることを直接又は間接に示すところの記載は、本調書上ついにこれを見出し得ないのである。それ故、前示和解条項第六項により債務者が収去すべき「本件土地上の建物」が右「舞踏場一棟」等を指称するものとして当事者間に合意の成立を見たことが、客観的には真実であると仮定しても、これを認識するためには、本件和解調書だけでは足りず、他の資料にまたなければならない。すなわち、債務者が別紙(一)目録記載の土地からある時期において同地上に存在し、又は存在していたなんらかの建物を収去しなければならないことは、本件和解調書にも明記されているのであるが、その収去すべき建物とは、和解成立当時同地上に存在していたところの一切の建物を指称するのか、その一部である特定の建物だけをいうのか、それとも和解成立後の築造にかかる建物をも包含する趣旨なのか、また、収去すべき建物の構造、規模等はいかなるものなのか、これらの点は、本件和解調書自体において全く明白にされていないのである。

してみれば、本件和解調書は、少くとも建物その他の物件の収去義務を宣言している部分に関する限り、その収去の対象となるべき物件の表示が甚だ不明確であるといわねばならないから、執行力を認めることができないものである。それ故、右の執行力が存在することを前提としてなされた本件強制執行の申立は、許されぬものと断ずるの外はない。

なお、債権者は、別紙(一)目録記載の土地から同目録記載の外「一切の障碍物」を収去することについて授権決定を求めているのであつて、右にいわゆる「一切の障碍物」とはいかなるものを指称するのかを明示しないが、もし民事訴訟法第七百三十一条第三項により執行吏が右土地の明渡の強制執行をなす際取り除くことを得る動産をも含んでいるとすれば、その除去の強制執行は、やはり執行吏が同条項の方法にしたがいこれをなすべきものであつて、そうでなく同法第七百三十三条、民法第四百十四条第二項に基き第一審の受訴裁判所たる当裁判所においていわゆる代替執行の方法でなすべき旨を求めているのも、法律上首肯することができない。

以上の理由により、本件強制執行の申立を却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

別紙(一)

目録

(1)  神戸市生田区三宮町三丁目十八番地の三、宅地八十八坪八合七勺を従前の土地として神戸市特別都市計画に基く仮換地に指定された、

神戸市生田地区三宮元町換地区十五街廓

符号 三十九の三

宅地六十五坪五合七勺

(2)  右地上

煉瓦造鉄板葺二階建舞踏場 一棟

建坪 約六十五坪

別紙(二)

和解期日調書(抄録)

神戸市生田区下山手通八丁目四十二番地

原告 兵庫県住宅建設株式会社

神戸市生田区三宮町三丁目十八番地

被告 元町OK映画館こと

堀川剛直

(中略)

裁判官は

当事者双方に対し和解を勧告したところ

当事者双方は

次のとおり和解が成立した

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請求の趣旨

一、被告は原告所有の

神戸市生田区三宮町十八番の三宅地百五十五坪八合二勺の内、九十坪八合二勺

に対する借地権の存在しないことを確認する。

二、被告は右土地が神戸市復興特別都市計画事業として特別都市計画法により換地に指定せられた

神戸市生田区元町三宮附近一五ブロツク符合三九の三

土地百十四坪九合八勺

に立入り又は同地上に建物或は其他の工作物を築造する等原告の該地の占有を妨害するが如き行為をしてはならない。

三、被告は、前記第一項の原地九十坪八合二勺につき、(中略)の各割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並土地明渡及金員給付の判決部分に付ては担保を条件のもとに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、訴外生島五三郎は神戸市生田区三宮町三丁目十八番地、宅地百七十八坪二十二勺を所有していたのであるが、

二、生島は訴外田中義起に対し昭和二十一年二月七日一時使用の目的の下に(一時使用が認められないとしても通常の賃貸借である。終了は解約申入から六ケ月後)右土地を左記約定で賃貸した。

(中略)

三、ところが賃借人田中は右土地に何等の建築をせず昭和二十一年夏頃生島に無断で被告外五名に転貸し被告は転借地上に煉瓦造亜鉛葺二階建舞踏場一棟、及び木造亜鉛板葺平家建店舗其の他二棟(此の占有地九十坪八合二勺)を建てた

四、よつて生島は田中に対して昭和二十二年末頃口頭で右無断転貸を理由として右賃貸借契約解除の意思表示をしたから、同日限り解除により終了したものである。

五、右土地は以上のような経緯にあつたものであるが、その後生島は右土地を分筆し、神戸市生田区三宮町三丁目十八番の三宅地百五十五坪八合二勺(以下十八番の三の土地と称す)その他となし(分筆登記は昭和二十三年十月四日)原告は生島から昭和二十三年九月三日右十八番の三の土地を買受け同日之が所有権を取得し昭和二十四年三月三十一日その所有権移転登記を経由したのである。

尚原告は所有権を取得しその翌日頃から田中に対し十八番の三の土地の明渡方を厳談したのであるが田中は地上建物は他人所有であるからどうにもならぬ旨回答した。そこで原告が調査したところ被告外五名は田中より転借又は転々借しその上に建物を建て所有その他の事由によりこれを占拠していることが昭和二十三年九月以降数カ月内に判明したのである。

尚原告は右十八番の三の土地を買受ける際現地の利用関係をみたが、該地上には家屋は建つていたものの生島が右家屋の所有者等には該敷地の賃借権がないと云うので買い受けたものである。

六、前記解除が理由なしとするも右の如く原告は所有権を取得し、賃貸人生島の地位を承継したところ、右賃貸借は期間満了により昭和二十四年二月末限り終了した。

七、右が理由なしとするも昭和二十七年三月七日原告と田中との間に右契約を解除し且つ昭和二十四年三月以降の右十八番の三の土地に対する原告の田中に対する賃料請求権を免除ないしは放棄する旨の合意が成立したから右契約は昭和二十七年三月七日限り終了した。

八、右が理由がないとしても原告は昭和二十八年十月二十六日賃借人田中に対し口頭を以て昭和二十四年四月一日から昭和二十八年十月末日までの右十八番の三の土地の延滞地代総額百十万八百五十七円八十七銭(統制額)の支払及び昭和二十八年十月末日までにこれを支払わないときは右契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をなしたが、田中は予めこれが支払を拒絶し且つ右期間内に支払わなかつたので右契約は賃借人田中の賃料不払により昭和二十八年十月末日限り解除により終了した。

九、以上の如く転借人である被告は所有者である原告に対抗しうべき何等正当の権限なく前記土地部分を占拠し、これに関する原告の使用収益を妨げている。

一〇、然るところ右十八番の三の宅地は昭和二十八年八月二十六日神戸市生田区元町三宮附近一五、ブロツク符号三九の三土地百十四坪九合八勺に神戸市復興特別都市計画法により仮換地の指定がなされた。

現在右仮換地は一部は空地で原告の占有により他は第三者が建物を建てて居住占有しているが、被告は右仮換地へ入り工作物設置を計画している。

よつて請求の趣旨記載の如き判決を求めると謂うのである。

和解条項

一、原告は被告に対し本調書末尾添付の図面斜線部分の土地を金六百五十五万七千円で売渡し被告は右代金として、本調書末尾添付「各月別支払表支払日欄」記載の各年月日限り「同表、基本支払額欄」記載の各金員を原告方に持参支払うこと。

但し被告は右代金残存額に対する利息として「同表、支払日欄」記載の各年月日限り「同表、左に対する利息欄」記載の各金員を原告方に持参支払うこと。

二、被告は原告に対し、右「各月別支払表、支払日欄」記載の各年月日限り「同表和解金欄」記載の各金員を原告方に持参支払うこと。

三、本件土地に対する昭和三十二年度分以降の固定資産税は被告の負担とし、同三十二年度分金八万四千九百八十八円は同三十三年三月末日限り、同三十三年以降の分は同年四月末日、同年七月末日、同年十二月末日、同三十四年二月末日、同年四月末日同年七月末日限り、右各日時迄に納期の到来した分につき、昭和三十四年度分残余額は同年十二月末日限り、いずれも原告方に持参して支払うこと。

四、前記各金員完済の時は原告は被告に対し直ちに本件土地の所有権移転登記手続をなすこと。

五、被告は前記各金員完済までは原告の承諾なしに本件土地上の建物を他人に譲渡してはならない。

六、第一項乃至第三項記載の代金を四カ月以上滞納したときは、被告は直ちに本件土地上の建物を収去して本件土地を原告に明渡すこと。

但し既払分の代金は原告においてこれを取得するものとする。

七、原告その余の請求を放棄すること。

八、訴訟費用は各自弁のこと。

<以下省略>

特別都市計画による換地予定指定地

神戸市生田地区三宮元町換地区十五街廓の内符号三九ノ三

元地

神戸市生田区三宮町三丁目拾八番の参

各月別支払表<省略>

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